2017年10月12日 (木)

平成29年10月度「博友会」のご案内

a冠省 いよいよ総選挙、結果如何が日本のこれからを大きく左右する可能性があります。「政権選択」、「三極激突」とか新聞の大見出しは踊りますが、詰まるところは「安倍政権の続投か」「改憲勢力が三分の二の議席確保なるか」が焦点と言って過言でないでしょう。選挙結果を見ての今後の情勢分析は後日に機会を改めます。
 
さて、一見急を要するテーマではなさそうな問題ですが、投票翌日(10月23日)に久しぶりの研究会を開催します。
 
全国八万神社を包括する宗教法人「神社本庁」の事務方職員トップ〈筆頭部長〉の稲貴夫氏が懲戒解雇され、選挙期間中に「解雇違法」の裁判を提訴します(案内文の下記に東京新聞夕刊10月8日付記事を添付しています)。
 
一般的に「懲戒解雇」となると、破廉恥なセクハラとか公金の横領を想像させますが、さにあらず。神社本庁職員宿舎を相場より著しく廉価に払い下げた問題が、不動産転がしを連想し、不透明であることを問題視、告発したことが解雇に値するということですから、神社本庁の「常識」「正義」を疑います。
 
「何事にも言挙げせず」「争いを好まない」神社界で本庁職員の筆頭部長を解雇し、その処分が「違法」だと訴えられるのは前代未聞のことでしょう。
 
 稲氏は昭和34年生れ、明治大学工学部を終えて國學院大學神道専攻科で学び、神社本庁入り、在職三十年に及ぶベテラン職員です。渉外部長、広報部長などを経て、前回の式年遷宮時には本宗奉賛部長を務め、解雇前までは神社教学や神職の養成研修を担当する総合研究部長〈筆頭部長〉の事務方トップともいえる立場でした。
 
  神社本庁に不正が横行しているのではないかと報じたネット記事『ダイヤモンドオンライン』や二週連続の『週刊文春』をご覧になった方から私にも問い合わせが殺到しました。ここまで神社本庁の内紛、不動産格安転売の事実が明らかになれば、ことは神社界だけの問題では収まりません。選挙期間中にも提訴されることが明らかになりましたので、当事者の稲貴夫氏にお招きし、「神道人としての生き方、処し方」といった観点から。今回の提訴に至る経緯などについて語っていただきたく思います。
 
  稲氏には前回の式年遷宮(平成25年)前に「神宮と遷宮」について「博友会」で懇切なご指導を得たことがあります。
 
なお、今回のテーマは興味本位に取り扱われることを嫌いますので、会員限定、もしくは、しかるべき方の紹介を得て主宰者(犬塚)が承諾した方のみの限定参加に限ります。承諾した方に会場名を通知します。何方であれ、突然の来会はお断りしますので、宜しくご了解下さい。草々
犬塚博英 62yachihoko@gmail.com
 
 
10月「博友会(バクユウカイ)」
 
【時】平成29年10月23日(月)午後6時(開始6時15分)から午後8時45分
【所】新宿駅そば貸し会議室
【講師】稲貴夫氏(前神社本庁総合研究部長)「神道人の生き方、処し方」
【会費】2千円 終了後、懇親会を行います。(別途3千円)
 
【参考資料】(PDF化した『週刊文春』記事も添付しています)
 
神社本庁を元幹部提訴へ 癒着疑い告発  2017年10月6日 「東京新聞」夕刊
 
  神道系最大の宗教法人「神社本庁」(東京都渋谷区、田中恆清(つねきよ)総長)の不動産売却をめぐり、上層部と業者による癒着の疑いを指摘して懲戒処分を受けた元幹部職員二人が「正当な内部告発への報復的な措置であり違法」として近く本庁に処分の無効確認を求める訴えを東京地裁に起こす。
(吉原康和、阿部博行)
 
 元幹部は懲戒解雇された前総合研究部長(57)と降格・減給処分を受けた前教化広報部長(57)。川崎市内の本庁職員宿舎が新宿区の不動産会社に売却されたことをめぐり、「上層部と社長が知り合いのため相場より安く売却し、本庁に損害を与えた疑いがある」として昨年十二月、真相解明を求める告発文を本庁の役員二人に手渡すなどした。
 
 新宿区の不動産会社はこの本庁宿舎を二〇一五年十一月に随意契約で一億八千万円で購入すると、二億一千万円で即日転売し三千万円近い利益を得た。その半年後には、転売先の会社と別の会社との間で取引され、本庁の売却額の一・七倍を超える三億一千万円で売買されていた。
 
 告発文などの内容が神社関係者に知られるようになり、本庁は今年三月、弁護士を交えた調査委員会を発足。調査委は七月、宿舎売却が本庁の評議員会で議決されるなど手続き上の問題はなく「適法」と判断。本庁は八月下旬、元幹部二人を「事実に反した疑惑を唱えて本庁と神社界の信用を失わせ、混乱させた」と懲戒処分にした。
 
 前総合研究部長は「本庁に内部通報制度がないため役員に告発文を渡して疑惑解明の必要性を訴えた。懲戒処分は納得できない」と話す。
 
 この問題では調査委設置を提案した副総長が、調査終了後に辞職する異例の展開となった。
 
 本庁の担当者は取材に「提訴の動きは承知しておらず、顧問弁護士と相談して対応する」とした。
 
◆同一業者と3件 特例の随意契約
 
 神社本庁から職員宿舎を購入した東京都新宿区の不動産会社は、五年前にも本庁が所有した港区のマンション一室と中野区の三階建て職員宿舎を随意契約で購入し、即日転売していた。
 
 本庁の規則は基本財産の処分を競争入札で行い、無理な場合は三者以上の指名競争入札を行うと定める。随意契約は競争入札が不可能な事情があるときや軽微な取引に限られるとする。
 
 神社本庁関係者によると、同社はビルの一室にあり、社長は本庁を母体とする神道政治連盟の幹部や本庁上層部と交友関係にあるとされる。
 
 これに加え、川崎の職員宿舎を含めた三件の不動産売買がいずれも随意契約だったため、元幹部らは「神社本庁上層部との癒着の疑いがある」と話している。

2016年7月 9日 (土)

「平成28年7月度博友会参加レポート」④ 横山孝平(「博友会」事務局スタッフ 、司会進行役)

「反知性主義」「歴史修正主義」という言葉がよく使われるようになった。
 
多くが、自己を肯定するために、他者をこきおろすその手段として用いられている。
 
その言葉の由来は、同じキリスト教徒における理想崇拝の姿勢について戦わせる議論であるという。
 
講師の菅野氏は、知的権威の否定を「反知」と定義した。では、しかし、その対立がキリスト教であるというように同じ立脚点を見いだせない場合どうなるのか。
 
同一たり得ないものが議論を戦わせても、そこに結論の一致はみられないのではないか。
 
その象徴が、まさに戦後日本なのだ。
 
対立する双方が「知性」と「歴史」に対して異なる立脚点を持つ我が国にとって、その議論は、単に双方に対する「ヘイト」に終わってしまうことが多い。
 
南京大虐殺が30万人であろうはずはない。しかし、戦争法規に基づけば、たとえ1人でも民間人を殺せば虐殺である。
 
その30万人を、20万人と根拠づけるか、はたまた100人と根拠づけようが、30万人虐殺というものを信じ切ってしまっている人には、断罪すべき「歴史修正」である。
 
しかし、史家の検証を是とする者からみれば、30万人虐殺説は「反知」だ。
 
本来あるべきひとつの立脚点が、戦争以前、以降で分断されたままでいる不幸が「戦後体制」というものだろう。
 
その体制を主導したのは、アメリカである。ゆえに私は「戦後体制の克服」叫ぶ、革新である。
 
一応、民主主義、自由主義を唱えなければならないように思われている現代ではあるが、国民の最も重要な問題を、一枚のプラカーや一時の流行語によって軽々しく行うほど軽薄であってはならないという自戒をこめて、大衆の革命ではなく革新であれと考えている。
 
講師は、安倍首相の思想を「アンシャンレジューム」と定義した。その本質の意味(戦後の価値観を是とするか否とするか)は、私の考えの対極にあるのかもしれないが、理解することはできる。
 
いま、マスコミ主導の世論は、こちら側の極、右翼(保守といってもいい)に対してその「反…」というレッテル貼りに余念がない。
 
そして、単に国会前の喧噪にすぎないものが、世論であると吹聴されると同時に、多くの人々がその空気に流されはじめる。
 
この戦後の知性と、歴史観に立脚すれば、右翼の革新が「反」になるのは当たり前だろう。もっと言えば、いまやマイノリティだ。
 
しかしこれは、今回講師を務めた菅野氏とは、真逆の考え方になる。
 
たかだか、武道館をいっぱいにする程度の勢力に過ぎないものが、世論をつくるのではないかという危機感が講師にはあるのではないか。
 
それらの支持の対象である、安倍首相の反知性革命主義を支持するのが「日本会議」という図式である。
 
これを唾棄すべきものと捉えているのではないか。
 
その考えの根本に、70年安保を戦った左右の学生運動があるとしている。団塊の世代である。
 
政治の季節に、命がけで戦った若い世代のもっていた力は、いまだ左右ともにまぎれもない影響力を持ちつづけている。(あえて「イチゴ白書」を地で行き、定年後に夢を再びという「シニア左翼」と「年金保守」は除外する)
 
その若い頃の思想形成の過程から、講師は、日本会議の中枢の思想を読み解こうとしているのだろう。そこには「信仰」というキーワードも深く関わってくるから厄介である。
 
単なる「信仰」が、覇権へと目的を変えた創価学会ほど単純ではないなにかがある。
 
講師が、犬塚世話人へアプローチを続けた理由もその辺にあるのだろう。
 
講演では、憲法に触れることが多かった。安倍首相の目指す改憲と、それを支持する人々への懐疑性を訴えているようにも感じた。
 
では、講師の考える憲法とは。しかし、それが著書の主題ではない。
 
なにか計り知れない講師のルサンチマンが、そこにある。
 
世に、創価学会・公明党の研究、批判本は多い。けれども『日本会議の研究』には、なにか違う「闇」を暴こうとする意図があるのではないか。
 
これまで、その存在を広く知られながらも、あえて活字にされなかった「日本会議」が、講師の著書によって脚光を浴びはじめた。
 
しかし、良く言えば「父権」、悪く言えば「でしゃばりなオッサンの集団」でしかないそれに対して光をあてるのが目的でないことは明らかである。
 
講師が抱くものは、まだまだもっと深い闇の中にある気がしてならない。

2016年7月 8日 (金)

「平成28年7月度博友会参加レポート」③ 木川智さん

今月2日、平成28年度7月博友会が開催され参加した。毎回開催を楽しみにしていた博友会であるが、仕事の都合などで欠席が続いたため久しぶりの参加であった。
 
今回の博友会の講師は『日本会議の研究』の著者・菅野完氏。演題は「なぜ『日本会議の研究』を世に問うたか―「研究」の狙いと反響―」というものであった。講演は1部と2部に分かれており、1部は菅野氏による講演、2部は菅野氏と犬塚議長によるディスカッションであった。
 
2部については機微に触れるところもあろうかと思うので、1部の菅野氏の講演の解説や感想を簡単ながら記したい。
 
菅野氏著『日本会議の研究』(扶桑社新書)は、本年5月発売以来、13万部のベストセラーを記録している。出版不況がいわれる昨今、記録的な数字であろう。本書は菅野氏による「草の根保守の蠢動」と題したオンライン記事の連載をベースとしている。私はもともとこのオンライン記事の読者であり、執念深いとでもいうような取材力と分析力には舌を巻くものがあった。
 
いうまでもないことだが、日本会議とは、「日本を守る国民会議」や「日本を守る会」が合流し結成された保守系市民団体であり、伝統宗教や新宗教、財界、学者、法曹界など多方面の勢力が結集し構成されている。よくいえば幅広い政治連合だが、悪くいえば保守系の寄り合い所帯である。また、国会議員懇談会や地方議員連盟といった議員の集いも存在し、大きな政治的影響力を有している。
 
こうした大同団結型・寄り合い所帯型の運動体は、時の経過と共に雲散霧消したり路線対立によって分裂したりするものであるが、日本会議は結成以来地道ながら活発な運動を展開している。昨今の事例では、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」というフロント組織を作り、「今こそ憲法改正を! 1万人大会」などと銘打った政治集会を定期的に開催している。SNS上で菅野氏が指摘していたと記憶するが、昨年の安保法制成立の時のように、一時の政治的熱狂で集まる10万人よりも、定期的に1万人を動員する政治組織の方が政治家にとってよほど魅力的であり、同時に脅威であろう。
 
しかし、繰り返すようだが日本会議は寄り合い所帯である。定期的に1万人を動員する運動を取り仕切るには、相当の実務能力を有する人物が必要である。菅野氏によれば、そうした日本会議の実務を担うのが、日本会議事務総長であり日本青年協議会会長・椛島有三氏である。
 
椛島氏は新宗教「生長の家」の信仰を有するそうで、生長の家の政治運動が活発だった頃、60年代後半から70年代にかけて長崎大学などで生長の家の政治運動にもとづく学生運動を展開していた。講演でも菅野氏が言及していた通り、60年代後半からの学生運動と聞くと、ついつい全学連や全共闘の左翼学生運動を思い起こすが、生長の家の政治運動を背景とする右翼・民族派学生運動も活発であったし、日本学生同盟などの右翼・民族派学生運動も活発であり、時に左翼学生運動よりも激烈であった。三島由紀夫・森田必勝らのいわゆる「楯の会」事件もそうした右翼・民族派学生運動の潮流の中で発生した事件であり、そこから「新右翼」がはじまった訳ではなく、既に潮流や運動が存在していたのである椛島氏の宗教的背景や日本会議に集まる宗教団体の名前から、「宗教勢力が政治を動かしている」という一種の陰謀論も存在するようだが、菅野氏の分析の主眼はそういったところにはない。
 
そもそも、誰がどのような信仰を有していようが問題はなく、大事なのは、菅野氏のいうように、60年代後半の世界的な青年・学生運動いわゆる「スチューデント・パワー」を発端とする政治勢力・政治思潮が各国で政権に影響を与えている中で、日本では椛島氏など右翼・民族派学生運動を母体とする勢力が日本会議というかたちで政権に一定の影響力を持ったということである。
 
それでは、どうして日本では右翼・民族派学生運動を母体とする勢力が政権に一定の影響力を有したのだろうか。言い換えるならば、世界的には「スチューデント・パワー」を母体とするリベラル陣営が力を有しているが、なぜ同様の構造を持ちつつも日本では保守系陣営が少なくとも政界の一部に影響力を有するのか。それはまさしく菅野氏の指摘するように、椛島氏などが徹頭徹尾愚直に運動を続けてきたからである。講演では「ニッポンのオッサン会議」発言や日本会議の「女こどもは黙ってろ」というメンタリティあるいは反知性主義への言及もあり、左翼の堕落についての指摘もあるのだが、やはり椛島氏などの愚直でかつ徹底的な運動の継続が、ここまで日本会議そして保守陣営を大きくしたのだ菅野氏は講演にあたり「安倍政権への違和感」という言葉を盛んに使っていたが、私個人は右翼・民族派学生運動の先輩方に敬意を払っているものの、どうにも日本会議のような保守系運動には違和感を覚える。
 
それは日本会議のような「左翼嫌い」「女こどもは黙ってろ」といったメンタリティに共感しかねることもそうであるし、安倍政権への評価とも関連するのだが、それ以上に、「1万人を定期的に集める」「ビラ配り」「デモ」「地方議会への請願・決議」といった日本会議の「運動」に違和感を覚えるのである。何も集会やビラ配りやデモがいけないといっているのではない。議員への陳情・請願も大事である。それらは運動の基本中の基本であり、非常に重要なことであるのだが、そうしたことをひたすら繰り返す日本会議の運動というのは、あまりにも官僚的・機械的な政治運動のように思えてならず、違和感を覚えるのである。
 
神風連や西郷一党のごとき行動に共感し、そこに根付く何かでありたい。皇室尊崇や領土問題など、思想・信条において日本会議と重なり合うものがあっても、何かが違うような気がする。右翼・民族派学生運動は、戦前にも存在した。彼ら戦前の右翼・民族派学生運動の志士たちも集会などの「運動」も盛んに行ったが、囹圄の身となることも恐れぬ行動も全身全霊をかけて行った。こうした右翼・民族派の系譜は、60年代後半の右翼・民族派学生運動に存在したが、現在は日本会議とはまた異なる方面に流れているのではないだろうか。私自身はそうした系譜に位置したいと思う。私の日本会議への違和感の原因は、こういうところにあると思う。
 
講師の菅野氏はもちろん、いつも博友会を開催する犬塚議長をはじめスタッフの皆様には、貴重な機会をいただいたことを御礼申し上げ、まとまりのない文章ではあるがリポートとしたい。

2016年7月 7日 (木)

平成28年7月度博友会 参加レポート② 槇泰智さん

7月2日、新宿の会議室「ルノアール」にて博友会が開催される。
講師は「日本会議の研究」(扶桑社刊)の著者である菅野完氏。
SNSで書き溜めた日本会議に関する資料を纏め4月に出版すると、日本会議の椛島有三事務総長から150カ所にのぼる事実誤認・歪曲・名誉棄損・著作権侵害があると出版差し止めを求める書状が届いたことで話題となった書籍である。
 
人々の関心も高く、45人定員の会場は溢れかえるほどの入場者で一杯となった。
 
菅野氏は自身を右翼・民族派と規定する中で、出版の背景や、安倍政権を支える日本会議・日本青年協議会を批判する背景などを一時間半に渡って語った。
つまるところ日本会議の背景には70年代安保で台頭してきた民族派学生組織の全国学協・生長の家学生連合が存在している。
日本会議は「左翼が嫌い」、というキーワードに立脚し反憲法・反知性主義と言った安倍政権の下でジェンダーフリー反対・男女共同参画反対・性教育反対・従軍慰安婦問題反対、と言った女・子供の問題に特化している傾向がみられる等の分析を進める。
 
日本青年協議会は博友会・犬塚博英世話人が卒業した長崎大学当時の先輩であった椛島氏が結成したものである。
そして、犬塚世話人が旧来から生長の家ともつながりを持ち、現在の三代目となる生長の家を批判的に論じている点から、菅野氏が取材を申し入れていたといった経緯もあり、今回の講演が実現した。
 
質疑応答において二人目に自治基本条例に反対する会の村田春樹氏が挙手の上で質問した。
著書の中に椛島氏の横顔写真が掲載されているが本人の許可は得ているのか、盗撮ではないのか、と疑問を呈したことで険悪な雰囲気となった。
日本会議の会員なのか村田氏に関しても写真を掲載し、事実なのかどうか在得会幹部のような記述がなされた当事者であるから、問い糾しておきたかったのであろう。数点のやり取りの後で菅野氏は「レイシストには発言権はないんだよ」「座れよ」「今日は会場で、あんたの顔を見たときから言ってやろうと思っていたんだよ」、と講師らしからぬ発言が突出。会場の四宮正貴氏からは「礼儀をわきまえなさい」、だったかの檄が飛び、朝生状態。
 
更に菅野氏を追及する村田氏に対しては司会の横山氏から「そういう議論は外でやってください」「村田さん、やめてください」、とストップがかかる。
 
なぜ故に、菅野氏が村田氏に対し激高するが如き態度に出たのか、ネット社会に疎い小生には不明であったが、後日、ネットで検索してみるとツイッター上で菅野氏が頻繁に村田氏を批判する記述を行っているのが分かる。講演の最中から「昔、楯の会にいて最近になって本を書いた人もいますが、、、」、と村田氏を標的としたような発言があったのが頷ける。
講演会の質疑応答という形でなければ、個人的にはそのまま論戦を展開してもらいたいところであった。
 
その後は、菅野氏と犬塚世話人と対談という形で3時間半に及ぶ博友会は幕を閉じた。

2016年7月 6日 (水)

平成28年7月度博友会 参加レポート① 四宮正貴さん

7/2に開催された博友会(講師:菅野完『日本会議の研究』著者)の出席者から、講演の感想がよせられましたので、ここに発表させていただきます。
 
七月二日午後六時より。新宿にて『博友会』が開催された。扶桑社より刊行された『日本会議の研究』の著者・菅野完氏が「なぜ『日本会議の研究』を世に問うたか」と題して講演した。
 
「個人主義・基本的人権・信教の自由・思想の自由を守らねばならない。これは明治憲法に明言されていなかった。議会制民主主義・資本主義は守られねばならない。明治憲法の時代より昭和憲法の時代の方が長い。昭和憲法はしっかりと日本に根付いている。
 
安倍晋三は反知性主義革命を行おうとしている。既存の権威を否定するのが安倍のスタンス。安倍の行おうしている憲法改正は、生活者として危険と感じている。自民党の『改憲草案』に対しては『お前は高校生か』と言いたい。日本会議は連合みたいな組織。安倍さんは友達を守る。自分と思想が同じかどうかで測る安倍さんは嫌い。
 
日本会議には多くの宗教団体が入っている。霊友会第八支部・佛所護念會・幕屋が熱心。あまりにも多種多様過ぎる。日蓮系とキリスト教がどうして一緒に仕事が出来るのかという疑問が湧く。
 
『美しい日本の憲法を作る会』の武道館における集会に参加者がバスで集まって来た。櫻井よしこの会長挨拶は誰一人聞いていなかった。会場の一体感が生まれたのは『国歌斉唱』の時。元号法制定は成功した。それ以降の運動は全て『何々に反対する』運動。国旗国歌法制定・昭和の日制定は別の人たちが行った。夫婦別姓反対、男女共同参画反対、ジェンダーフリー教育反対運動を行っている。イベント・お祭りごと以外の運動は全て反対運動。女子供の話しかしていない。ここに違和感を覚える。日本会議は『女子供は黙っていろ』『外国人は出て行け』としか言っていない。世間から遊離している。土着社会から遊離している。
 
フランス革命の時、民衆がやったことと安倍政権とは同じ。アンシャンレジームからの脱却、革命を起こすべしと言っている。反知性主義。進化論は正しい、地動説は正してということは分かっていても、学校では『創世記』を教えるべきだと言う人々。反知性主義は知的権威を否定しようとしている。
 
日本会議肉まん説。コアの部分は日本青年協議会。日の丸を振るオジサン・オバサンが男女共同参画に反対する。あれは一体何か。朝鮮人切り捨てが始まっている。何故そんなに弱者を目の仇にするのか。宗教と政治が交わるところが書きたかった。それが『日本会議の研究』のメインテーマ。
 
雅宣一派の動きが一番迷惑。世界聖典普及協会で雅春先生の本を売らないのに僕の本を売っている。これは仁義に反する。没義道なことに僕が使われたのは不愉快。今の安倍政権は安東巌が黒幕とは言わないが、淵源と思っている。
 
扶桑社は売るためにやっている。世の中に発言権のない人はレイシストだけ。椛島有三は村上正邦を左翼と言っている」。
 
この後質疑応答が行われた。
 
私は、「日本会議は自民党右派の大衆運動組織としての性格を持つ。そして自民党所属の国会議員・地方議員が数多く参加している。従って、自民党と真っ向から対決し自民党を糾弾することはできない。従ってあなたの言う『革命勢力』とは言えない」「日學同・生学連、楯の会という色分けをするのはどうか。楯の会には日學同・生学連のメンバーがかなり参加していた」という質問をした。
 
また、菅野氏は、元楯の会の人の質問が終らないうちに、感情的に反発した。菅野完氏は「決めつけ」が多い。「レイシスト」「反知性主義」などという言葉はその定義を明確にして使わなければならない。民主主義を強調する菅野氏が敵対者を「レイシスト」「反知性主義」と決めつける姿勢は受け入れがたい。
 
菅野氏は六月三十日の彼の「フェイスブック」で次のよう主張している。
 
「言うまでもないことだが。安倍政権が打倒を叫ぶ「戦後レジーム」という言葉の「レジーム」とは、フランス革命の際、革命勢力側が打倒を叫んだ「アンシャンレジーム」という言葉の「レジーム」と同じである。つまり、安倍政権は、「戦後」を「アンシャンレジーム」と捉えており、それを打倒すべきだと言っているわけだ。ということは、彼らは、革命勢力。
 
革命勢力である以上、辞書にある「現体制を肯定する側は議会の右側に座るので右翼。現体制を否定する側は議会の左側に座るので左翼」という左右の古典的かつ字義通りの定義に従えば、安倍政権は、日本共産党より左側ということになる。公安の定義に従えば、「日本共産党より左は極左」と云う事なので、さしずめ、安倍政権は、「極左革命勢力」ということになる」。
 
この主張は「言葉の遊び」「コジツケ」にように思える。菅野完氏は、一体どういう目的でこの本を書いたのか。それは『日本会議の研究』の「むすびにかえて」に明確に示されている。曰く「(日本会議の規模と影響力を維持した来た人々の・注)地道な市民運動が今、『改憲』という結実を迎えようとしている。彼らが奉じる改憲プランは『緊急事態条項』しかり『家族保護法』しかり、おおよそ民主的とも近代的とも呼べる代物ではない。むしろ本音には『明治憲法復元』を隠した、古色蒼然たるものだ。しかし彼らの手法は間違いなく、民主的だ。…その運動は確実に効果を生み、安倍政権を支えるまでに成長し、国憲を改変するまでの勢力となった。このままでいけば、『民主的な市民運動』は日本の民主主義を殺すだろう。なんたる皮肉。これでは悲喜劇ではないか!」「賢明なる市民が連帯し、彼らの運動にならい、地道に活動すれば、民主主義は守れる。2016年夏の参院選まで、あと数か月、絶望するには、まだ早い」
 
菅野完氏は、戦後体制打倒(ヤルタポツダム体制打倒)・正統憲法の回復を阻止し、「戦後民主主義」を守るために、この本を書いたのである。そして、「戦後レジームからの脱却」を主張する安倍晋三氏、安倍氏を支持する日本会議を批判し、その「危険性」を指摘し、参院選挙において、自民党の敗北を目指すためにこの本を書いたのである。菅野完氏は、「民主主義」を金科玉条にしている。誰にも否定的出来ない言葉が「人民のために」であり「民主主義」である。共産中国は「人民のために」を合言葉にしている。しかし実際には権力者のための政治になっている。「朝鮮民主主義人民共和国」は世界で最も反民主的・専制国家である。
 
戦後日本で言われ続けて来た「個の確立」「主体性の確立」は<戦後民主主義>の精神的支柱であるが、「個」や「自我」というものを如何にとらえるかが大事である。正しき人間観・國家観の確立なくして、正しき「個の確立」も「主体性の確立」もあり得ない。道義精神なき「個の確立」は欲望民主主義に陥り、正しき國家観なき「個の確立」は利己主義となる。それが今日の日本の姿である。
 
長谷川三千子氏は、「重要なことは全員が一致協力することによって本当の『人民のための政治』が実現するということなのであって、…『人民のための政治』ということは、古来、多くのまっとうな政治思想が目指してきた究極の目標であった…古代メソポタミアの都市国家においては、王は神からその国を手厚く世話する義務を負わされているものと考えられており…わが国の伝統的な政治思想――天皇は皇祖皇宗の教えにより、民を『おおみたから』として第一に重んじる――もその典型と言えよう」と論じている。
 
つまり、わが日本國體精神が真の「人民のための政治=民主主義」なのである。そして近代において日本國體精神を明確に成文化した憲法が『大日本帝国憲法』なのである。
 
菅野完氏は、『大日本帝国憲法』を「古色蒼然としたもの」として否定するが、『大日本帝国憲法』は、日本の伝統精神・国家国民観を基とした正統憲法であるわが國體精神・天皇の國家統治は、國民の幸福実現を最高の目標としている。國民の幸福の実現こそが天皇の統治の目的である。わが國においては、古代より國民を「おほみたから(大御宝)」と言ってきた。民を尊ぶことが天皇の御統治の基本である。日本伝統信仰おいては、人は神の分け御霊であり、人間は本来神の子として尊ばれるべき存在である。
 
歴代天皇は、國民の幸福を祈られ、「おほみおや(大御親)」としての仁慈の大御心を以て「おほみたから」であるところの國民に限りない仁政を垂れたもうてきた。國民の幸福を実現する政治制度という意味で「民主政治」という言葉を使うとするなら、わが國の天皇統治はまさにそういう政治制度を生み出す根幹なのである。
 
天皇中心の國體を正しく実現する事を目的として断行された明治維新の基本的精神は、慶応四年三月一四日、明治天皇が京都御所南殿で、公家、諸侯や百官を率いて天地神明に誓われた『五箇条の御誓文』に示されている。それは、「広く会議を興し万機公論に決すべし」「上下心を一にして盛に経綸を行ふべし」「官武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す」「旧来の陋習を破り天地の公道に基くべし」「智識を世界に求め大に皇基を振起すべし」の五か条であり、國民の幸福を実現する政治制度という意味での民主政治の基本が示されている。
 
葦津珍彦氏は「五箇条の御誓文に見られる政治思想そのものは、決して外國の政治学理論によってはじめて教えられたものではなく、いわゆる幕末時代、約二十年の間に、日本人が政治実践の中から、自然成長的に形成されてきた日本人の政治思想であった。」(『近代民主主義の終末』)と論じている。
 
 
昭和天皇は、昭和五十二年八月二三日、那須御用邸で、宮内庁記者団に対して、「(『昭和二十一年元旦の詔書』の)第一の目的は御誓文でした。神格とかは第二の問題でありました。当時アメリカその他の勢力が強かったので、國民が圧倒される心配がありました。民主主義を採用されたのは、明治天皇の思召しであり、それが『五箇条の御誓文』です。大帝が神に誓われたものであり、民主主義が輸入のものではない事を示す必要があった」と仰せになられた。
 
 
天皇の國家統治は、まさに「輸入のものではない民主政治であり民主主義」なのである。天皇の國家統治をやまとことばで「きこしめす」「しろしめす」と申し上げる。天皇の統治は民の心をお聞きになり、民の心をお知りになる事が基本である。そしてそれは議会によって実現する。ゆえに、『五箇条の御誓文』の御理想に実現すべく。帝國議会が開設され『大日本帝國憲法』が発布されたのである。
 
『大日本帝国憲法』は、日本の伝統精神・国家国民観を基としてた民主的正統憲法である。
 
近代に於いてのみならず、古代日本においても、國民のために政治が天皇の統治によって実現していたのである。『日本書紀』の「仁徳天皇紀」には次のように記されている。「天皇の曰はく、『其れ天の君を立つるは、是百姓(おほみたから)の爲になり。然れば君は百姓を以て本とす。是を以て、古(いにしへ)の聖王(ひじりのきみ)は、一人(ひとりのひと)も飢ゑ寒(こ)ゆるときには、顧みて身を責む、今百姓貧しきは、朕(われ)が貧しきなり。百姓富めるは朕が富めるなり。未だ有らじ、百姓富みて君貧しといふことは』とのたまふ。」
 
天皇が國民の幸福を祈られる祭祀を執行され、國民は天皇の大御宝であるという事が正しく実現され、萬機は公論によって決せられるという体制が真に確立する時、國民のための政治即ち民主政治が、言葉の上においてではなく、実際政治に於いて正しく実現するのである。天皇の「まつりごと」にこそ、真の民主政治なのである。
 
天皇は常に國民の幸福を祈られておられる。天皇統治とは國民の意志をお知りになることが基本である。わが國の天皇は民の幸福をわが幸福とされ民の不幸をわが不幸とされてきた。わが國は君民一体の國柄である。これこそ言葉の真の意味における「民主政治」でなくして何であろうか。
 
『大日本帝国憲法復元』は谷口雅春先生の悲願であった。しかるに、谷口雅春先生の孫であり、生長の家三代総裁である谷口雅宣は、『大日本帝国憲法』を「古色蒼然たるもの」として真っ向から否定する書籍を、生長の家の書籍を頒布する世界聖典普及協会で頒布している。生長の家は完全に変質し、雅宣は雅春先生の意思を完全に踏み躙ったのである。

2016年6月22日 (水)

平成28年7月度「博友会」のご案内

検証!『日本会議の研究』(菅野完著・扶桑社)
 
日本会議・椛島有三事務総長が版元である扶桑社に対し、出版差し止めを求めたことでも話題になった『日本会議の研究』は、現在も版を重ね、すでに13万部を売り上げている。
 
出版界では、この勢いに乗じるかのように『日本会議とは何か』(合同出版)『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社)などを刊行し、『週刊金曜日』は「日本会議」を大見出しにつけた特集までも組んでいる。
 
この、後発組の意図は、「憲法改正」に危機感を抱く者たちが、現在選挙戦まっただなかの参議院議員選挙において、反安倍政権へ世論を誘導する意図を持つものであろう。
 
しかし、菅野氏の執筆の思惑はそれだけではないようだ。そこにどのような思想があったのか。
 
これまで、弊会・犬塚世話人は菅野氏からの取材アプローチを断り続けてきた。それは、民族派学生運動の先輩に対する敬意なのか、かつての信仰への思いか、はたまた、あらゆることを知りすぎているからなのか…。当事者でなければ測りえないことである。
 
そのような事情から、博友会として菅野氏を招聘することは、リスクをともなわないわけではない。しかし今回、あえて著者に登壇を願い『日本会議の研究』を執筆した動機と狙いを語っていただく。(事務局・横山孝平)
 
【日時】平成28年7月2日(土)
    午後5時45分 受付開始
    午後6時開会
 
【会場】ルノアール・新宿区役所横店 2階5号室
    東京都新宿区歌舞伎町1-3-5 相模ビル
    電話(03)3209-6175
 
【講師】菅野完氏(『日本会議の研究』著者)
 
【演題】なぜ『日本会議の研究』を世に問うたか
    ー「研究」の狙いと反響ー
【会費】2000円
 
【申込】kuninoko@gmail.com(横山)まで
※会場座席に限りがあります。事前申込または会員の紹介がない場合、入場をお断りすることがあります。
 
【講師プロフィール】菅野完(すがのたもつ) 著述家
1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政治分野の記事を雑誌やオンラインメディアに提供する活動を本格化させる。同年2月からWeb上で「日本会議」に関して1年程度連載したものが、今般『日本会議の研究』(扶桑社)として出版された。

2016年5月 7日 (土)

楠公祭のご案内

楠公祭のご案内
 
謹啓 青葉繁り風薫る好季節、各位には愈愈ご清祥にて、邦家・社会のためにご精励のことと拝察、心から敬意を表します。
 
 大楠公、楠正成公が自身の行動の継承を息子・正行公に託し、湊川の戦陣に斃れし時より六八〇年の歳月を数える年となりました。いま、祖国日本の現状は、尊氏の世を百倍するかのごとく、混迷をきわめております。内憂外患が猖獗を極める「戦後」という今日只今に、その父子相承の楠公精神を現代に継がんとする我々は、なにを為すべきか。
 
 これまで、先行き不透明の時には常に原点に立ち返り、大楠公の尊皇絶対の大確信、「死ありて他なかれ」 に学ぶことを、師・中村武彦先生より教導いただいてまいりました。「大楠公が現代に生きておられれば、 如何に考え戦っていかれるか」と。
 
 大楠公は「合戦の習いにて候へば、一旦の勝負をば必ずしも御覧 ぜらるべからず」と後醍醐天皇に奉答されています。一旦の敗戦を七十余年間引きずるわが国にあって、 恢復すべきものはなにか。
 
 いまいちど見つめ直し、問い直すため、非常の国難の秋に左記のとおり、 楠公祭を厳修いたしたく存じます。
 
 有縁の同志道友各位のご参列を賜りたく謹んでご案内申し上げます。            
                                           謹白
 
   平成二十八年五月吉日  
 
                             楠公祭 世話人 犬塚博英
 
 
【時】平成二十八年五月二十五日(水)
 
《第一部》「太平記勉強会」 講師:犬塚博英
      受付開始 午後五時 
      講  義 午後五時半~午後六時二十分
 
《第二部》「楠公祭」
      受付開始 午後六時半
      祭  典 午後七時~
      玉 串 料 二千円
【所】乃木神社・尚武館(神社社務所二階)
  東京都港区赤坂電話〇三ー三四七八ー三〇〇一
       (地下鉄・千代田線「乃木坂」下車)
 
《第三部》 「直会」 午後八時半~ 
      会費 四千円(女性三千円)
      会場:北の家族青山店
         東京都港区北青山二ー三ー一 青山シーアイプラザ一階
         電話 〇三ー五四一一ー五四〇五
尚、参列、お問い合せは〇九〇ー五三四五ー八七五一(横山孝平)まで
 

2015年11月28日 (土)

12月「博友会」開催のご案内

謹啓 霜秋のみぎり、皆様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
 
 本年も残すところひと月となりました。安保法制の喧噪もいつしか沙汰止みとなり、その具体策が表だって論議されることもなく、政界は一強多弱、野党は分裂をくり返し政党政治の態をなしていません。
 
 目を転じると、南シナ海を巡る中共の覇権拡張とアメリカの牽制は一触即発の様相も孕んでいます。また、パリのIS による同時多発テロは世界大戦、大動乱の兆しすら感じさせます。
 
 現行憲法の矛盾を棚上げした安保法制の神学論争など、一発の銃声が引き金になり、国際政治の現実に身を投じる局面を不可避とすることでしょう。
 
  さて、本年最後の博友会は、弊会代表世話人である犬塚博英が講師となり 天長節の佳き日に恩師・中村武彦先生から学んだ「尊皇絶対の精神」を中心にお話しさせていただきます。
 
  御病気をおして、被災地を見舞われ、懇ろに戦跡巡拝をされる 天皇陛下は来年、フィリピンへ慰霊のための行幸をなされます。その尊い御姿を拝す我ら国民の取るべき態度とは、また維新を志す者の尊皇絶対の精神のあり方とはなにか。「承詔必謹」「大御心」とは?
 
 昭和維新運動にその生涯をかけられた中村武彦先生から学んだ講師から、その教えの一端でも学ぶことが出来れば天長節に相応しい研修になると考えます。
 諸兄姉の振るってのご参加をお待ちしております。                                                                                謹白
 
 
【博友会事務局】
 
12月度「博友会」
【演 題】「天長節に想う〜中村武彦先生の尊皇絶対観」
【講 師】犬塚博英(博友会代表世話人・八千矛社代表)
【日 時】平成27年12月23日(祝)天皇誕生日     
      午後2時開場(茶話会) 午後3時開始
【会 場】「板橋区立企業活性化センター」第2研修室
     所在地:東京都板橋区舟渡1丁目13-10 アイタワー2階 (埼京線「浮間舟渡」駅北口前)
     電話:03-5914-3145
【会 費】1千円
【懇親会】午後5時より(浮間舟渡駅傍の居酒屋)
【会 費】4千円(女性、高齢者、下戸2千円)
【連絡先】横山 kuninoko@gmail.com  牧田 ryu_makita@hotmail.com

2015年11月 3日 (火)

11月「博友会」開催のご案内

冠省 先月は幹事や事務局担当者だけで、今後の「博友会」の運営について建設的論議する「運営幹事会」に変更し、告知しなかったためにご心配をおかけしました。改めてお詫び致します。
 
さて、時代の渦中にある当事者にとって、時代認識や自分の置かれた立ち位置を正確に知ることはなかなか難しいことのような気がします。本年が我が国の「戦後70年」の節目にあたることから、「博友会」でも何度かの「戦後70年シリーズ」を企画してきました。
 
所謂「イスラム国」などの中東の動乱、南シナ海、東アジアでの中国の覇権拡張に伴う急速な混乱は、アメリカ一国支配の終わり、「Gゼロ後の世界」への突入ではないかと思います。南シナ海での米中のせめぎあいが、後年「戦前」として歴史認識されるかもしれません。
 
中国の南シナ海、東シナ海への進出、軍事膨張は、つまるところ台湾の統一併合にあると思われます。1972年に日華(台)関係が断絶して以来、民間による文化交流を中心に往来は活発で、最も良好な関係を有しているともいえます。一方、台湾の政治情勢については伝えられることが少なく、李登輝元総統の度重なる来日についても、詳しく報じられてこなかったことは残念です。
 
本年7月、李登輝元総統は七度目の来日し、永田町の衆議院第一議員会館で多くの国会議員を前に、自ら総統として進めてきた第一次台湾民主革命や日台関係について講演されました。「一滴の血も流さず六度の憲法改正で民主革命を成就した」偉業に改めて感じ入りました。台湾(当時は中華民国)の憲法も日本と同じ1946年憲法だったのです。台湾内省人として国民党主席・総統になった李登輝がいかにして「無血の民主革命を成し遂げたか」について学びたく、古くからの友人・柚原正敬氏(李登輝友の会常務理事・事務局長)にお願いし、快諾を得ました。
 
来年1月の台湾総統選挙は国民党、民進党、何れも女性候補で史上初の女性決戦が予想されていましたが、民進党・蔡英文候補の圧勝が予想され、急きょ、国民党は朱立倫(主席・新北市長)に候補を差し替えました。昨年3月、1ヶ月にわたり立法院を占拠し、馬英九政権を追い詰めた「ひまわり運動」(太陽花学生運動)のその後や、総統選挙の見通し、中台(両岸)関係の見通しなどを報告してもらいます。
 
また、「博友会」の常連メンバーでもある天目石要一郎氏(武蔵村山市会議員)も友の会理事、かつ「李登輝学校日本校理事長)でもあります。
 
【11月「博友会」研究会】
 
【時】11月18日(水)午後5時30分~8時20分
   5時30分から開場・意見交換会
   6時20分から講演会・質疑応答、終了・午後8時20分
   ※講師を囲んで懇親会・意見交換
 
【所】「板橋企業活性化センター」アイ・タワー2F研修室①
埼京線「浮間舟渡」駅徒歩3分
「浮間舟渡」駅改札口左手に見える30階のタワーマンション
ロータリーの裏手が入口・2階が「企業活性化センター」です。
 
【講師とテーマ】
 柚原正敬氏(李登輝友の会常務理事・事務局長)
 「李登輝先生に学んだこと――第一次民主革命の成就と総統選の見通し」
 
【会費】2千円(懇親会は別途3千円)学生・女性・高齢者は割引あり
 
柚原正敬氏(ゆはらまさたか)
昭和30年(1955)、福島県生まれ、早稲田大学中退
同57年、出版社「展転社」創立に参加、専務取締役編集長として天皇、靖国、大東亜戦争、南京、台湾に関する単行本130冊を担当編集。
平成7年、台湾研究フォーラムを設立。
同14年、李登輝友の会設立と同時に常務理事・事務局長に就任し、現在に至る。
共著に『世界から見た大東亜戦争』『台湾と日本・交流秘話』など。
 
※「浮間舟渡」は初めての方には都内の僻地?に感じますが、「埼京線」でJR「新宿」から18~19分、「池袋」からは12分、赤羽からは2駅4分です。
会場は改札口から直ぐ分かるタワーマンションの2階。懇親会会場の居酒屋は駅高架下、改札口から直ぐ(20秒)と意外に便利が良いところです。
なかなか、、研修会会場、懇親会会場の適地がなく、ジプシー状態を続けていますが、開催日を平日に、会場を新しくしてみました。
会場の席数などの関係で、非会員並びに参加申込ない場合はお断りすることがあります。
犬塚博英 HP090-1459-0708  62yachihoko@gmail.com

2015年9月15日 (火)

8月博友会感想文

9月「博友会」(バクユウカイ)開催要項
【時】平成27年9月18日(金)午後6時(開場)~午後9時
(講演・午後6時20分~午後7時20分)
【演題】「中国権力闘争と経済展望、そして日中関係」
休憩・再開質疑応答(午後7時30分~午後8時30分)
【所】「なかのゼロ」西館学習室①
【講師】宮崎正弘氏(評論家)
【会費】2千円(学生・女性・70歳以上1千円)
 
 
「涙と爆笑の渦~戦後70年の8・15」
 
 今年8月の博友会は終戦記念日の特別版として、6時間にわたる長丁場の講演会、座談会を開催しました。前半は山口申・民族革新会議会長が登壇、ご自身が体験なさった1945年3月10日の東京大空襲の話を中心に語ってくださいました。
 
 
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 山口会長は昭和13年生まれ。空襲があったときはまだ7歳で小学1年生でした。現在お住まいの江東区東陽(旧地名・須崎)の自宅近くの防空壕に単身飛び込み、幸運にも死を免れることができたのです。当時、東京では小学6年生の学童が卒業式に出席するために疎開先から東京に戻っていました。8日に帰京して数日後に卒業式を迎えるはずが、空襲にあい、死亡した学童も多かったとのこと。なんとも痛ましいことです。
 
会長は本講演の前に戦争展をわざわざ見学して事実関係を確認し、詳しい話を聞かせてくださいました。それによると、焼夷弾はガソリンをゼリー状にしたもので、これが落下すると一面火の海に。東京大空襲の犠牲者は8万7000人に及ぶそうです。
翌朝8時過ぎに周辺が鎮火し、会長をはじめ大人や子供が空腹を癒すべく、1・5㌔離れた澱粉工場を目指しました。澱粉工場のため、材料の芋があることが分かっていたからです。ところが工場の建物がコンクリのため近隣の住民が「あそこの工場は燃えないから安全だ」と思い、内部に殺到。全員が蒸し焼きになったそうです。「死体で匂いがついているので食べるのは諦めましたが、もう少ししてみんなが空腹に耐えられなくなったら、死体をどかして芋を食べたかもしれません」と会長は言います。
 
 焼け跡には黒焦げの死体がたくさん転がっていました。黒焦げ死体というと、我々は想像するだけでゾッとしますが、会長によると、目をひんむいた生身の死体より黒焦げのほうが怖くないそうです。不思議な感覚ですね。
 
 
空襲のあと、会長は千葉・九十九里浜の親族に引き取られ、中学までをそこで過ごしました。九十九里浜の漁では船に乗った親方が全裸で立ち、チンコを縄で縛っていたこと、女性は「泥棒袋」を腰にぶら下げていたことなどをユーモラスに語ったため、会場は何度も笑いに包まれました。会長が幼少期を過ごした須崎は「須崎パラダイス」と呼ばれます。進行係を務めた犬塚博英・博友会会長が「ということは山口会長は天国で生まれ、天国で育ったんですね」とまとめると、大爆笑が起こりました。
 
 
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 もうひとつの大爆笑は山口会長が10代の想い出を語ったときです。会長は高校を中退し、当時法政大学の応援団長だった高橋氏に傾倒。その関係で右翼の大物のもとで日当500円で働いたそうです。仕事はジャックナイフを隠し持って日教組の大会などに出向き、合図を受けたら相手を刺すというものでした。高橋氏の「キミはこのままだとヤクザになる。ヤクザにならず右翼になれ」という忠告に従ったからです。会長は「高橋さんの言うことを聞いていなかったらヤクザになったかもしれないし、もしかしたらもっとまともな生き方をしてたかもしれません」と言い、「なにしろ私は真面目な人間ですから」とぽつり。涼しい顔でしれっと言うものだから、またも会場が大爆笑に包まれたのでした。ちなみに山口会長のお父様は博徒だったそうです。
 
 このほか、民族派の先輩、同志のお二人とともに北海道に出向き、北方領土に渡ろうとした武勇伝も伺いました。納沙布岬(のさっぷみさき)から向こうに渡ろうとしたものの、現地の人たちの協力を得ることができない。そこで決行したのが断食でした。それがすごいのです。なんと12日間、食べ物は一切口にせず重湯だけで過ごしたそうです。新聞社が取材に来たというから、地元では大きなニュースだったのでしょう。東京の偉い先生が駆けつけて「もう断食はやめなさい」と止めたため12日間で終了。タクシーに乗っていたら、おいしそうな匂いが漂ってきたので、ジンギスカンを食べたそうです。長期の断食のあとジンギスカンとは自殺行為。しかもそのあと現地の人たちが用意してくれたうどんなども食べたそうです。トイレに駆け込み、のたうち回ったそうですが、超人的な体力、胃袋と言うしかありません。
 昭和38年ごろ、カンボジアからベトナムまで500㌔を歩いた話も伺いました。その道中、川のそばでインスタントラーメンを食べて現地の兵隊に珍しがられ、彼らと水浴びをしていたら、敵の銃弾が飛んできたとか。また、現地のトーチカを撮影したら、警備の兵隊に捕まった。すぐに手続きをして解放されたもの、帰りはまたトーチカの前を通らなければならない。トーチカ前を通過中に運悪く例の警備兵が出てきた。この兵隊は眼病を患い目が真っ赤だったので、会長が目薬をあげたところ大いに喜び、トーチカの中に招いて、「好きなだけ写真を撮れ」と言ってくれたそうです。まさに珍道中。いやはや、楽しませていただきました。
 
 ビックリしたのですが、なんと山口会長はヘビが苦手なのです。会長は笑うと少年のような顔になり、いつも泰然自若と構えています。育った場所も千葉の田舎。いまも現役のガキ大将で怖いものなしというイメージがあります。
 ところがです。ベトナム行きの予行演習を兼ねて千葉から京都まで歩いた時、途中の峠で野宿しようとしたら、そこにたくさんのヘビがとぐろを巻いていた。会長は悲鳴を上げて逃げたそうで、「ヘビほど怖いものはない」と言います。誰でも何かひとつは怖いものがあるものです。休憩時間にご本人を直撃したら、「いまだってヘビは怖いよ。当たり前だよ~。戦時中は病院が青大将を買ってくれたんだ。食べるためにだよ」と教えてくださいました。

 
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 というわけで涙あり、笑いありのまことに充実した、学ぶべきことの多い勉強会でした。山口会長、ありがとうございました。まだまだ語りつくしていない秘密もあろうかと思います。いつの日か、第2弾の講演会をしてくださることを楽しみにしています。くれぐれもご自愛ください。
 
 
「日刊現代」編集局ニュース編集部・森田健司(博友会幹事)

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